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「現役トレーナー、インストラクターに聞く 」

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第5回目はパーソナルトレーナーの澤木一貴さんにお伺いしました

澤木一貴 パーソナルトレーナー


NSCA認定ストレングス&コンディショニング・スペシャリスト、NESTA認定パーソナル・フィットネス・トレーナー
健康運動指導士、NESTAジャパン理事


1991年から、大手フィットネスクラブにてトレーニング指導を開始。その後、整形外科病院にてスポーツトレーナー課を歴任し、メディカルフィットネス現場におけるリハビリ後の患者からトップアスリートに及ぶ、幅広いクライアント層へのトレーニング指導を経験し、パーソナルトレーナーとしてのスタートを切る。現在は全米エクササイズ&スポーツトレーナー協会(NESTA)日本支部の理事として、パーソナルトレーニングの普及活動を、また専門学校講師として学生トレーナーの育成、メディア関連での運動指導を中心に活動しています。 2009年5月3日、SAWAKI GYMを組織。

トレーナーになってどれぐらいですか?

18年になりました。

トレーナーになったきっかけを教えてください。

中学ではテニス、高校ではサッカーをやっていました。そのサッカーの補強として、市民体育館でウエイトを始めました。すると痩せていた自分のカラダが変わっていく。それが楽しくなって。当時、初代タイガーマスクが流行っていて、私も大好きで、「これはプロレスラーになって、自分がタイガーマスクを継ごう」などと野望を抱いていました。
実は10数年前、その頃旗揚げした「SPWF」という団体で、一戦だけプロとして出場した事もあるんです。今でも専門学校のイベントでマスクマンとして試合をしたりしています。たぶん今の方がデビュー戦の頃より、プロレスがうまくなっていますよ!リングネームはタイガーマスクではなく「タイヨーマスク」ですが(笑)

そこからスポーツクラブでのアルバイトを経て、「全日本プロレスリング」に営業の社員として就職。その後、地元のスポーツクラブでの勤務などを経て、整形外科医院で医師や理学療法士とチームを組み、パーソナルトレーナーとしての活動を始めました。

顧客満足のために心がけていることを教えてください。

クライアントの方の気持ちになり、心理的ストローク(顧客を認める様々な表現)を与えることです。
常にプラスの言葉をかけ、例え最初の目標を達成できなかったとしても、それ以外に必ず出ているはずの、プラスの効果を見つけ出し、その部分を強調してお伝えする事でモチベーションの継続につなげています。

他のトレーナーとの差別化で心がけていることを教えてください。

シンプルかつシステマティックなトレーニングプログラムを作成しています。
できるだけ細かくなり過ぎず、一般のクライアントの方にもわかりやすい。かつ、こだわるところはこだわっています。
例えばローテーターカフのエクササイズを行う際、どのタイミングでどんなアイシングを合間に挟むのかなど。パーソナルならではのオーダーメイドのプログラムを作成しています。

トレーナーになってから仕事を通じて自分が変わった、成長した、感動したなど、忘れられないエピソードがあったら教えてください。

教育機関でも仕事をしていますが、教え子がどんどん立派になっていっています。
学生は入学したときは業界の右も左も分かりませんが、スポンジが水を吸うように知識と筋肉を付け、成長していきます。卒業し、一人前になった彼らと一緒に仕事をしたり、業界のことを語るのはとてもうれしく、また刺激をもらえ、私自身も成長させられています。

今後、この業界を目指す方になにかメッセージをお願いします。

人が存在する限り、なくならない職業です。
リハビリ後の方から子供、高齢者、アスリートとパーソナルトレーナーのニーズは増えていく一方です。自称パーソナルトレーナーは誰でも名乗れますが、カラダに関する知識・技術をキチンと売れるプロのトレーナーを目指していただきたいです。そのためには自身の健康管理・トレーニングも怠らないでください!